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by math90
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御礼
7月から、このブログを書き始めました。

一口に算数・数学と言っても、数学そのものに対する解釈が、教育学系、工学系などの出身の指導者と、数学科出身の指導者の間では、少し温度差があるように思います。また、学校教育における算数・数学の位置づけについても、もう一つはっきりしていないところもあると思います。

そのあたりを考えながら、数学教育にかかわっていくことを、ライフワークにしようと思っています。その一つとして、ブログを書き始めました。

これまで、文章を書くことを苦手としてきましたが、ブログにより文章を書く楽しさを知ることができました。そして、定期的に訪問してくださる方もでき、さらなる勇気をいただいています。本当ありがとうございます。

今年の更新はこれまでとさせていただきますが、このブログを支えてくださっている訪問者の皆様、エキサイトブログ向上委員会の皆様、にほんブログ村のスタッフの皆様、本当にありがとうございました。来年も、どうぞよろしくお願いいたします。

*** 良いお年をお迎えください! ***



 
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by math90 | 2005-12-27 15:55
大学入試センター試験

私の担当している中で最年長の生徒は、文学部志望の既卒生のAさんです。昨年、センター試験の数学ができなかったとのこと。予備校に通っていましたが、さらなる補習が必要とのことで、この1年、センター試験の数学ⅠA、ⅡBの対策をしてきました。

彼女は、将来は作家志望とのこと。時折、好きな作家の話、心理学の話、歴史の話などをしてくれます。数学のときとは違い、思いをこめて熱く語ってくれる様子を見て、「本当に、好きなんだな。」としみじみ感じます。

数学の指導に携わるものとして、どんな生徒にも数学の世界に導きたいという思いは強くあります。「解法のパターンを暗記して、問題を解くことが数学なのではない。数学の世界は、考え方、ものの見方の中にこそある。」と。

が、すべての生徒にとって、それらが興味の対象になるとは限りませんし、将来必要なものとも限りません。すでに、自分の進みたい道を見つけている彼女もその一人です。では、彼女にとっての数学とは、いったい何だったのでしょうか。

「何にでも、興味を持つことが、作家としては大切なこと。」と言う彼女ですが、数学には、どうしても興味がもてなかったとのこと。センター試験という強制がなければ、数学とこれほどかかわることも無かったそうです。

私はこの1年、もちろん、解法のパターンを中心に教えてきましたが、数学的なものの見方、考え方を最も強調したつもりです。因数分解とは、多項式の特徴を知るための変形、微分とは、曲線の特徴を調べる虫眼鏡のようなもの、などの話もしてきました。そして、全く別の価値観を学ぶことは、これからの人生の中だけでなく、将来の作品の中でも、きっと生きてくるはずだと言い続けてきました。

彼女が、「人生最後の数学」と言い切るセンター試験まで、あと1ヶ月になりました。そんな彼女に私が今できることは、1点でも取りこぼさないように訓練することです。「この1年本当によく頑張ったね。数学は、もう十分だね。」と心でつぶやきつつも、ストップウォッチ片手に、過去問に向う彼女に活を入れます。

文系志望の受験生の皆さん、あと少し!! がんばれ!!



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by math90 | 2005-12-21 14:53 | 高校の数学
メンタルタフネス

前回、塾の危機管理について触れましたが、危機管理は企業にのみに当てはまるものではないと思っています。人、特に自分に対する危機管理が大切と思っています。そして、この自分に対する危機管理の方法を、子供たちにこそ、教えていかなければならないと思っています。

この自分に関する危機管理の方法を、メンタルタフネスを獲得することとして、取り上げている本があります。

「メンタルタフネス 人生の危機管理」(ジム・レイヤー著)

本書は、10年ほど前のアメリカ社会を背景としているので、若干違和感があるかもしれませんが、人生におけるメンタルタフネスをいかに獲得するかが書かれています。

ここで言うメンタルタフネスとは、人生の中で避けられない対立、反目、競争に対してまっすぐ立ち向かい、柔軟で、強靭で弾力性を持って、健康に生きるということです。ここでは、ストレスは軽減するのではなく、ストレスに見合った「回復」を理解し、「回復」を活用することによるメンタルタフネスの獲得が提唱されています。

ITの進歩により、これからの子供たちにとって、世界はぐっと狭くなり、情報の量も、異文化に触れる機会も、変化のスピードも、我々のころに比べ遥かに大きなものになるでしょう。一方で、未来に対する不確実性、不透明性は、ますます増大しています。

「君にとって将来の夢は何?」「君のやりたいことは何?」などど、質問をしても、将来をキチンと考えている若者ほど、答えに詰まるのではないでしょうか? 

そのような時代に社会に出て行く子供たちにとって、どのような状況に直面しても立ち向かっていけるメンタルタフネスを身に着けさせていくことが、これから教育の中ので、重要な位置を占めていくと思っています。

最近は心の病で休職する教員が多いと、新聞にありましたが、これは教員に限らず、企業においても老若を問わず同様のようです。どうやら、子供たちをタフに育てるためには、まず、我々がタフになることが先決問題のようです。



 
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by math90 | 2005-12-18 18:20 | 教育・子育て理念
京都の学習塾の事件について

あの痛ましい事件について、同業に携わる者として、事件直後より書かなければと思っていましたが、被害者のお嬢さんに近い年齢の娘を持つ親としては、あまりにショックが大きく、なかなか書けませんでした。

まずは、紗也乃さんのご冥福を、心よりお祈りいたしますとともに、ご遺族の皆様に、謹んでお悔やみ申しあげます。


私の勤務している塾は、全国展開しているFCの個別指導です。講師は、ほとんどアルバイトの大学生です。小規模の教室ですが、教員資格を持っているのは私を含めて二人だけです。大学生には、古株のうるさいおばさんと思われているようですが、私の立場も同じアルバイトです。

アルバイトの講師に対しては、毎回の授業毎の教室長とのミーティングのほかに、年に3回、指導法などについての特別な講師研修会が開かれています。もちろん新規採用の講師に対しては、別途研修が行われます。

大学生の講師は、1~3年単位で入れ替わっていきますが、教員志望の大学生が多く、私の印象としては、どの大学生もまじめに頑張っており、生徒の要求によく応えていると思います。

ただ、大学生の講師は、意外と小中学生のことがわかっていないかもしれない、という印象はありました。たとえば、ゆとり教育の実態をよく知らなかったり、私のほうが、子供たちの流行などをよく知っていたりしました。

大学2年生以上は、小学校でのゆとり教育の経験がありませんし、彼らが小学生の時は、小学生が携帯電話を持っているような時代ではありませんでした。小学生の生活は、学校生活そのものから、空き時間の量、友人とのかかわり方、遊び方、言葉遣いに至るまで、ここ10年ほどで、激変しています。

この変化に、気づいてない大学生が多いかも知れません。

一般的に、大学時代は、同世代との交わりがほとんどの時代です。異なる世代との交わりが少ないので、他の世代を理解するためには、自らが積極的に動かないといけない ということを、まだ実感していない時期でもあろうかと思います。

塾関係者は、保護者も含め、大学生講師と生徒は年齢が近いので、それだけでお互いに分かり合えるだろうと、思い込んでいたような気がします。両者の間には、予想以上の行き違いが生じているのかもしれません。この点、再考していかなければならないと思います。


今回の事件では、犯人の人間性に最も問題があったのでしょうが、数回にわたりその危険信号がありながら、結果として、適切な対応が取れなかった塾に対し、同業者としては残念でなりません。

講師と生徒間のトラブルは当然あるものと認識し、それを未然に防ぐための危機管理を徹底しておくことは、子供たちをあずかっている企業にとって、最低の必要条件であることを、再確認しなければならないと思いました。
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by math90 | 2005-12-15 12:18 | その他
コーチング

ビジネスでは、既に耳慣れた言葉となった「コーチング」ですが、私が始めて「コーチング」を知ったのは、3年ほど前になります。夫の部屋にあった雑誌の、「君は部下とキャッチボールをしているのか、ドッチボールをしているのか?」という、フレーズからでした。私にとっては、衝撃的なフレーズでした。

当時は、娘の中学受験のさなかでした。娘の可能性を最大限引き出そうとしているのに、娘はなかなかわかってくれない、動いてくれない、と嘆いていました。まさに娘からはボールがかえってこない、一方的な感覚、ドッチボールの感覚を持っていたところでした。

私は、キチンとしたトレーニングを受けたわけではないので、ここで、コーチングを語ることはできませんが、コーチングとは、相手が自ら行動を起こすことを助けるような、コミュニケーションの手法という感じでしょうか。

当時、娘には
「なぜ、宿題していないの?」
「どうして、また間違えたの?」
などの否定的な問いかけをして、責めて行動させようとか、
「これでは、合格できないわよ。」
などと、不安をあおって行動させようとしていました。
これでは、人は動きません。

コーチングの手法では、この否定的な問いかけを、
「どうしたら、できるようになるかな?」
「また、同じところを間違えないようにするには、何をしたらよいかな?」
「合格するために、何をしよう?」
肯定的な問いかけにするということでした。それにより、相手が、自ら考え、行動することを促す、ということです。

「批判、詰問、不安をあおることからでは、人は変えられない、人は動かない。」
「同じ行動でも、そこに至る過程の違いで、意欲が変わる。」
「自らの気づきから人は行動をはじめる。」

本当にその通りです。

一時代前、祖父母も同居し兄弟姉妹の数も多い大家族の中では、近隣との人間関係も濃かった社会の中では、自然に、このようなコミュニケーションの手法を習得できたのかもしれません。あるいは、豊富なコミュニケーションの中で、全体としてバランスが取れていたのかもしれません。

けれども、今日のように、ともすると母と子だけの関係になってしまうような時代には、どちらも追い詰められてしまうときがあると思います。このようなことを避けるためにも、コーチングの手法は、とても効果的と思います。

コーチングは、コーチする側の人間性に大きく左右されるそうです。また、コーチングは単なる会話術ではなく、「生き方だ」と言われる方もいらっしゃいます。奥深いですね。

子供たちだけでなく、もちろん生徒たちにも、コーチングを心がけ、実践しているつもりですが、時折(?)ぶち切れてしまう私は、まだまだ修行中の身です。




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by math90 | 2005-12-07 22:54 | 教育・子育て理念
五つの「あ」

私の座右の銘は、「五つの『あ』」です。
 あせらず、あわてず、あてにせず、あなどらずあきらめず
これは、もともと中国ビジネスの5ケ条として言われていたことですが、今や、中国のみならず、国際ビジネスすべてにあてはまるそうです。

これが、見事に子育て・教育にも置き換えられます。

あせらず  
   成長の仕方は、千差万別、予定通りにはいかないもの
   じっくり取り組もう。時には立ち止まることも大切。
 
あわてず  
   成長の過程には、いろいろなことがあって当然。
   ドンと構えていよう。冷静でいよう。包容力を付けよう。

あてにせず 
   誰かが、やってくれるという考えはやめよう。
   自分が対応しよう。

あなどらず 
   子供といえども、ごまかし、すり替え、手抜きはやめよう。
   常に、真正面から対応しよう

あきらめず 
   今できないからと言ってあきらめるのはやめよう。
   子供の可能性は無限にひろがる。

このブログも、もちろん、この精神で書いているつもりです。まぁ、現実の子育て、教育の現場では、なかなかこの通りにはいきませんけど・・・




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by math90 | 2005-12-01 23:56 | 教育・子育て理念